青梅の知られざる素顔や歴史について徒歩による市内探訪を通じて理解を深め、脚力の維持増進、そして会員相互の親睦を図ります。



☆平成28年9月10日(土)に平成28年秋の青梅再発見プロジェクト「明治自由民権運動のゆかりの地を探訪」を開催しました。

午後1時に青梅駅前に集合しました。参加者は全部で8名でした。

まず、自由民権運動演説会会場前の、はなぶさ稲荷を訪問、神社の石柱に坂上旅館の名がはいっています。
演説会会場となった英昌亭は、今はりそな銀行の駐車場となっています。

由緒ある天ぷら屋「天徳」も今は廃業、向かいの榎戸家の建物がそのまま残っています。

同じく仲町の長澤家の建物と初期に引いた電話番号のプレートが残っています。

映画館、「青梅大映」は芝居小屋「初音座」のあとに造られたました。「初音」はウグイスの初鳴きの声で、青梅の梅にちなんだ名前だそうです。坂を下って滝ノ上をめざします。瀧上一族のお屋敷がならんでいます。写真は本家のお屋敷です。

大横町の石碑と稚子(わかご)橋跡を見学しました。青梅街道には四つ角がなかったそうです。

今はマンションの影になってますが、本当は見晴らしのすばらしい坂をくだり、釜の淵公園に到着しました。
自由民権運動の催しとして大柳河原で鮎のハネアミ漁が行われたそうです。

釜の淵の上は、昔は北袋と呼ばれる場所で神社があったそうです。

板垣退助の銅像は、目立たない木陰に佇んでいます。

釜の淵公園から登り、宗建寺に行きますと、直木賞候補となった干刈あがたのお墓の説明があります。
その上に、境橋の石碑があります。廃棄されてしまう寸前だった石が置かれています。

西分には、料亭「坂上」がありました、そこで自由党討論会が行われたという記録が残っています。
自由民権運動では、五日市の隣村深沢村の深沢権八という20代の若者が、活躍したそうです。
一番左の建物は、「坂下」と呼ばれていました。昔は質屋を営業していたそうです。
残りの二つは、料亭「坂上」の跡で、都会議員だった宇津木啓太郎氏の表札が残っています。

西分にも、まだ古い建物が残っています。真ん中の写真は鍛冶屋、右隣が棒屋と農機具をつくる工場がつながっていました。

勝沼郵便局近くのKTホールでケーキとお茶をいただきました。

皆さま、お疲れさまでした。大倉先生、詳しい説明と蘊蓄、大変ありがとうございました。


☆平成28年5月7日(土)、平成28年春の青梅再発見プロジェクト「青梅丘陵 歴史さんぽ」を開催しました。

ゴールデンウイーク後半の土曜日、東青梅駅北口に集合しました。心配だった天気も暑すぎるくらいの好天にめぐまれました。
今回の参加者は、講師の大倉さん、村井会長、高野さん、谷内さん、田中さん、浜中諭の6人でした。

むかしの道の名残、踏切あと、ガソリンスタンドあとの三菱マーク、馬車の駅の馬小屋跡地などを見学ました。

青梅の一番東となっていた旧道を通って、昭和8年失業対策事業の青梅丘陵・林間遊覧道路の東の起点に到着しました。

石動(いするぎ)神社の参道入口を示す石標があります。そして柿川(昔は欠き川?)に沿って進みます。

民衆が祭ったといわれる北向き地蔵尊があります。

鉄道公園方面に進み勝沼神社の切通、勝沼神社の石碑を見学しました。
東青梅駅と青梅農林高校(現青梅総合高校)の建設には勝沼町民が非常に努力した、ということが書いてあります。

ハイキングコース入り口のすぐ上には、アララギ派の高田浪吉の石碑がありますが、ほとんど知られていません。

本格的なハイキングコースに入り、金毘羅様の裏にて休憩を取りました。富士山の見えるスポットもあります。

ハイキングコースの梅岩寺の敷地内に馬頭観音の石碑がありますが、1から31番まで番号がついているそうです。
そのうちの29番、23番、28番がコース脇にありました。番号は移設されたりして、必ずしも順番通りではないそうです。

青梅と黒沢を結ぶ旧おうめ坂の上に叢雨(むらさめ)橋が建設されました。
旧おうめ坂には、まだ東京府の石柱が残されているそうです。


ミイラがあったというお堂の跡地があります。参道と石碑の写真です。
中国曹洞宗の石頭希遷禅師の即身仏ということですが、ミイラが即身仏であったことは確認されたそうです。

ハイキングコースを2kmほど進んで、山道に入ると眺めの良いスポットがあります。青梅の町から新宿まで見渡せます。

第四休憩所に到着して休憩をとりました。
休憩中に、青梅丘陵に「青梅の杜」と「青梅の森」があることを教えていただきました。


第四休憩所からはハイキングコースを外れて、宮ノ平方面に下ることにしました。ハイキングというより本格的な山道でした。
モミの大木や、シャガの花が群生しているところなどが見えました。




下り終えたところは、青梅線の線路でした。電車が来ないことを確認して線路を渡らしてもらいました。

線路を超えて、青梅街道に到着しました。青梅第一中学校の西側の坂の上でした。

青梅一中の南側を抜けて、天ケ瀬の湧水、大柳の男井戸女井戸(おいどめいど)をめぐりました。

森下に戻り青梅坂のトンネルを見ながら、青梅坂について解説をしていただきました。

大倉先生ありがとうございました、皆さんお疲れさまでした。
その他の写真はこちらにアップロードしました。


☆平成27年11月23日(月)、平成27年秋の青梅再発見プロジェクト「知られざる二俣尾」を開催しました。

勤労感謝の日、11月23日(月)10時16分過ぎに石神前駅前に集合しました。今回の参加者は、大倉講師、村井会長、山崎さん、宿谷さん、髙野さん、谷内さん、浜中茂さん、浜中諭の合計8人でした。
実は石神前駅の名前は、楽々園駅→三田村駅→石神前駅と、過去2回変更されてきたものだそうです。
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まずは、石神社へむかいました。現在の石神社は、山から移転されてきたものです。
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由緒のありそうな、イチョウの大木がありました。
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ブリジストン奥多摩園を入り口まで見学しました。元はリゾートホテル・多摩山荘、楽々ハウスから、現在の奥多摩園となったそうです。ちょうど紅葉も見ごろでした。
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おそらく東京都最古といわれるコンクリート製の電柱を見学しました。老朽化に伴い少しずつ置き換えられているそうです。きめの粗いセメントでできているのが分かります。古い電柱は昭和5年頃のものだそうです。
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二俣尾は水に恵まれた地域だったそうです。まずは自噴泉「井戸端」の見学、この水で野菜などを洗っていたそうです。
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次の湧水は、滝の川湧水です。いまでもこんこんと水が湧いています。水神様も祭られています。
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薬師堂から旧青梅街道を通って海禅寺に向かいました。街道わきには石を敷き詰めた古いつくりの水路がありました。
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海禅寺、鐘撞堂と彫刻を見学しました。球のなかに玉のある彫刻です。
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三田氏供養塔、古塀など、昔が忍ばれます。
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線路を隔てた山門は、道路拡張のため移設されたものです。この辺で桃を栽培していた頃の様子が歌碑になって残っています。
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喫茶「らびっと」にて昼食をいただきました。線路を超えたところに二俣尾保育園があります。以前は小学校の分校だったものです。
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二俣尾駅の北側に、二俣尾の西城といわれる福田家があります。こちらでは、山口百恵・三浦友和の映画「絶唱」のロケ地として使われたところだそうです。こちらにも湧水があり、冷たい水が湧いていました。
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成木で採掘した石灰を運び出すための引き込み線の跡を辿ってみました。いまだに線路やポイントが残っています。
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軍畑の地形は遠くからみて、なるほどと思うなだらかさがありました。
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すべての見学ポイントを終えて、二俣尾駅に到着しました。お疲れさまでした。
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その他の写真はこちらにアップロードしました。


☆平成27年5月2日(土)、平成27年春の青梅再発見プロジェクト「青梅大祭の歴史を知る」を開催しました。

青梅大祭、真っただ中の5月2日(土)17時半に青梅駅前に集合しました。今回の参加者は、大倉講師、会長夫妻、宿谷夫妻、髙野さん、田中さん、浜中茂さん、浜中諭の合計9人でした。青梅駅前のロータリーまで山車が入ってきます。
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駅前からすぐ近くに、究極の生活道路「にゃにゃまがり」があります。ほそーい路地をくねくねとめぐりました。
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順番に、仲町、上町、森下の人形を見て回ります。時期はそれぞれ違いますが、皇居内で山車が巡回できなくなったものを、青梅の町がそれぞれ買い取ったという物だそうです。当時の青梅という町がそれほど豊だったそうです。
人形は、仲町が「静御前」、上町は「日本武尊」、森下町は「武内宿禰」です。
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引き続き、本町、住江町(宮本町)の人形を見学しました。本町は「神功皇后と応神天皇を抱く武内宿禰」、住江町は「神功皇后」です。見学の途中で、青梅大祭に参加する玉川さんに遭いました。(ごめんなさい、ブレました。)
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人形だけでなく、旧市街に流れていた水路を探索しました。JR青梅線を超えて流れる水路や、住吉神社の手前で下る水路の跡などをたどりました。
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住吉神社にお参りをする仲町の山車や、地元にもどった西分町の山車の打ち上げ風景、本来の町名でない「勝沼町」の幕を張った山車などを見学しながら、懇親会場へむかいました。
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東青梅駅近くの料理のおいしい「ふたば」で打ち上げをしました。皆さん、お疲れ様でした。
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その他の写真はこちらにアップロードしました。
青梅大祭の公式ホームページはこちら


☆10月4日(土)、平成26年秋の青梅再発見プロジェクト「日向和田のむかし道」が開催されました。
当日の資料はこちらにアップロードしました。
写真はこちらにアップロードしました。
JR青梅線日向和田駅に集合して、まず新旧の国立公園の看板を確認しました。
新しい看板には「甲斐」の文字が追加されています。
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続いて、「神代萬年橋」の歴史について学びました。
木造の橋が老朽化して危険なため通行させないように燃やされた、という話があるそうです。
その後、新しい橋ができるまでは、渡し船を利用していたそうです。
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いよいよ日向和田駅の脇から、むかし道に入ります。道端の古い石垣や石碑はむかし道の証明です。
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和田橋上の交差点から、さらにむかし道に潜入します。
こんなところに本当に道があったのか、と思われる所を降りてゆきます。
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青梅市の下水道のマンホールでむかし道の名残が感じられます。
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やぶの中を抜けて、臨川公園に向かいます。ここに公園があることを初めて知りました。
公園内には、ガーデンテーブルや茶室があります。申し込めば茶会としての利用が可能です。
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臨川公園の外には、元の持ち主である津雲邸ゆかりの神社もあります。
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最後は明白院、三島神社、宮ノ平駅に向かいます。
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JR青梅線最古のトンネルを見学、最後は宮ノ平駅の北口の様子です。
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☆2014年4月12日、青梅再発見プロジェクトが開催されました。

集合から青梅市新町方面へ、最初は古井戸公園へ、井戸はありませんが。
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鈴法寺跡で、虚無僧の世界に思いを馳せました。
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吉野家の古民家へ、かなりの資産家であった様子が様々なところからうかがえます。
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大井戸公園、御嶽神社、泉中学の泉(井戸)の見学。
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旧青梅街道をたどり河辺方面へ、鳥井戸公園、道間公園、公園の名前には興味深い歴史が隠されています。
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懇親会の様子、お疲れ様でした。
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★第四回のコラムは、山崎幹事長から「青梅再発見プロジェクト」です。

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9月14日に青梅再発見プロジェクトで勝沼城址と塩船観音寺を見学しました。
今回の参加は8人で役員のほかに玉川さんと田中さんの二人の新入会員が参加してくれました。
午後2時から4時半まで濃密で有意義な時間を過ごせました。正直言って青梅の歴史については興味も関心もなかったのですが、実に面白かったです。特に室町時代にはあったという塩船観音寺と中に納められている観音像等に感激しました。また案内役の大倉副会長の博学と記憶力にはいつも驚かされます。
家に帰ったらNHKの番組に大倉さんが出ていてまたびっくりしました。

(山崎 茂)
☆青梅稲門会歴史同好会の「勝沼城址と塩船観音寺」

9月14日土曜日午後2時東青梅北口に集合、旧青梅街道をたどって東青梅方面に。
塩船01 東青梅の旧道にある石碑には、右江戸道、左飯能、川越道と刻んである。
塩船02



続いて勝沼城址へ。
光明寺・妙光院の二つの曹洞宗の寺院と美濃部都政との恩恵で勝沼城址が守られたことなどを教えていただきました。
塩船03
塩船観音寺では、仁王門、阿弥陀堂、本堂の順に参拝しました。
写真は撮れませんが、本堂に登壇して二十八部衆を参観しました。
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その後「普問閣」にて早めの夕食をとりました。いしかりさんの豪華なお弁当です。
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食事中には、御住職のお話を伺い、縁起物を頂きました。
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帰りには、薬師堂にある平安時代の作となる如来像を鑑賞しました。
そして、仁王門の前にて解散となりました。お疲れ様でした。
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写真はこちらにアップロードしました。

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